トキポナのジェンダーについて

基礎知識(初学者向け)

 トキポナにはジェンダーの区別がほとんどありません。

 たとえば、「父」「母」を表す単語はなく、mama(親)という単語が一つあるきりです。三人称代名詞のonaは「彼・彼女・それ」という意味で、ここにも性の区別はありません。日本人が「古池や、蛙飛び込む、水の音」の「蛙」がa frog(一匹のカエル)かfrogs(カエルたち)なのかを気にしないように、トキポナ話者もmama miがmama meli(母)なのかmama mije(父)なのかをあまり気にしないのです。

 伝統的なトキポナ(トキポナ・プ)には、ジェンダーを表す単語が二つ存在します。mije(オス)とmeli(メス)です。しかし現在では、第三の性(特にトランスジェンダー)を表す単語tonsiも広く使用されています。

発展知識(トキポナ話者向け)

 トキポナの基礎語彙には、ジェンダーそのものを表す三つの単語(mije, meli, tonsi)を除いて、性差のあるものが全く存在しません。文法の解説でも、ジェンダーについて言及することはありません。

 これは語彙に限った話ではなく、トキポナ的世界観では一般に性の重要性が低いのです。たとえばトキポナの文芸作品では、登場人物の性別が分からないこともしばしばあります(例:o lukin ala e monsi | lipu kule)。これは、英語の短編小説でbrother(兄弟)が年上なのか年下なのか最後まで分からないことがあるのと同じことです。

トキポナの人名について

 トキポナで名付けられた人名から性別が分かることはほぼありません。

 一般に、トキポナの人名は「jan Nesapa」のように、普通名詞で始まります。この普通名詞は固有名詞の属性を表し、たとえばjanなら「人」という意味です。人名は、人の名前なので当たり前ですが、janで始まることが多いです。まれにsoweli(獣), kala(魚), akesi(トカゲ), pipi(虫), waso(鳥)などの動物や、ijo(物), kapesi(茶色)など抽象概念を属性としている人もいます。しかし、これらの属性を表す名詞からジェンダーが分かることはほとんどありません。(性別語彙を属性としている場合を除く。)そのあとの固有名詞は、外国語での本名やあだ名をトキポナ訛りにして名乗っている話者が多いので、やはり、そこからジェンダーを読み解くことも困難です。

トキポナにおける第三の性の受容

 これまでに述べたように、トキポナは性の区別が曖昧です。he(彼)かshe(彼女)かなどと考える必要もなく、トキポナでは単にonaと言ってしまうことができます。自分のジェンダーに悩みがちの性的少数者にはとても優しい言語なのです。

 このためか、トキポナ話者にはLGBT+の方がとても多いです。2021年にトキポナ話者を対象に行っだ調査(Results of the 2021 Toki Pona census - Toki Pona census)では、tonsi(第三の性)がmeli(女性)人口を上回り、トキポナ話者の約25%をも占めています!(ちなみに、女性のトキポナ話者は全体の19%程度でした。)

 このような事情から、トキポナコミュニティーにおいて、第三の性は決して少数派ではありません。

 第三の性の存在は、トキポナの語彙にも影響を与えています。2001年から2021年まで、公式トキポナにはジェンダーを表す単語は二つしかありませんでした。前述のmije(オス)とmeli(メス)です。しかし、2017年にはヤン・インウィン(jan inwin)がmelome, mijomiという、「同性愛者」を表す単語を作りました。2019年には、再びヤン・インウィンによってトランスジェンダーを指す「tonsi」が造語されました。この「tonsi」は、プ書(lipu pu)出版以降の新語としては最も普及しているものの一つで、大ク語彙(nimi ku suli)とされている他、「名誉プ語彙」とも呼ばれ、プ語彙とほぼ同等に扱われています。2020年には性的少数者を意味するkeseという単語がヤン・ヤン(jan Jan)によって造語され、こちらも小ク語彙に認定されました。

 性的に中立な言語として、トキポナは今後も発展し続けることでしょう。

出典:

https://tokiponacensus.github.io/results/

https://lipu-linku.github.io/

https://lipukule.org/post/2021/03/14/o-lukin-ala-e-monsi/

 

加筆(2023.01.27)

 meli(女), mije(男), tonsi(トランスジェンダー)が広く受け入れられたのに対し、melome, mijomi, keseなどがあまり普及しなかったのは、取り扱う意味範囲が違ったからなのではないか、と個人的には考えています。meli, mije, tonsiはいずれも自分のジェンダーを指す単語ですが、melome, mijomiは自分の性的指向を示す単語です。keseは性的少数者全般を表す単語ですが、裏を返せば、meli, mijeという概念から外れたものをひとまずまとめただけです。